2014-07

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シンポジウム―アジア太平洋戦争と「元朝鮮人BC級戦犯」―

沖縄で以下のようなシンポジウム等が行なわれます。

―歴史の転換期に立って、いま私達はいかなる歴史認識を持つべきか―PartⅢ
シンポジウム―アジア太平洋戦争と「元朝鮮人BC級戦犯」―
日時:2014年7月26日(土)13:00開場 13:30開演 
会場:沖縄大学同窓会館ホール   参加費:1000円
主催:おきなわ日韓「政経・文化」フォーラム 共催:在日本大韓民国民団沖縄県地方本部  同進会 恨之碑の会
後援:沖縄タイムス社 琉球新報社
 朝鮮人がなぜ、戦犯=戦争犯罪人になったのだろうか。朝鮮人戦犯は148人、そのうち129人は捕虜監視員です。植民地支配、捕虜政策、朝鮮人を「日本人」として裁いた連合国の戦争裁判、「外国人」として援護法から排除した日本の戦後処理など、朝鮮人戦犯たちの処遇はわたしたちに戦争責任を考える多くの問題を投げかけています。なぜ、かれらが「いま」なお「謝罪」と「補償」を求め続けるのか、
そこから戦争責任、植民地責任を考えます。 


① 「なぜ、私が戦犯となったか」
  証言 李鶴来(元朝鮮人BC級戦犯者・「同進会」会長)
 李鶴来さんは17歳で日本軍の軍属としてタイに送られました。泰緬鉄道の建設に動員された捕虜の監視が仕事でした。「死の鉄路」と呼ばれた鉄道、その建設には1万3000人もの連合国捕虜が死亡しました。その監視をしていた李さんにもその責任が問われました。死刑判決でした。のちに有期刑になり日本のスガモプリズンに送られてきました。それから60年、李さんは日本政府を相手に「謝罪と補償」をもとめて運動を続けてきました。

② 講演―アジア太平洋戦争下のBC級戦犯
  内海愛子(大阪経済法科大学 アジア太平洋研究センター)
 日本朝鮮研究所、インドネシア国立パジャジャラン大学、恵泉女学園大学などを経て、現在、韓国人・朝鮮人BC級戦犯者の戦後補償運動を応援する市民グループで活動。著書に『朝鮮人BC級戦犯の記録』(勁草書房)、『日本軍の捕虜政策』(青木書店)、『キムはなぜ裁かれたのか』(朝日新聞出版)などがある。

③ 講演― 朝鮮人BC級戦犯問題と日本の戦後補償
有光 健(戦後補償ネットワーク)
 戦後補償に取り組む内外の被害当事者・支援者・弁護士・研究者らのネットワークの連絡・調整役。立法運動・提言も活発に行う。「同進会」を応援する会世話人。共著『未解決の戦後補償』(創史社)、『「慰安婦」への償いとは何か―』(明石書店)。

④ ドキュメント・映画「朝鮮人BC級戦犯」監督 本橋雄介

同時開催 パネル展 沖縄大学同窓会館ホールホワイエ
朝鮮人BC級戦犯者問題――長すぎる苦難の歩みといま(40枚)         
問合せ先:080-8360-9722 (おきなわ日韓「政経・文化」フォーラム事務局)

シンポジウム開催にあたって

―歴史の転換期に立って、いま私達はいかなる歴史認識を持つべきか― PartⅢ
シンポジウム―アジア太平洋戦争と「元朝鮮人BC級戦犯」―

おきなわ日韓「政経・文化」フォーラム共同代表
清川紘二

来年は戦後70年という節目の年となる。第二次世界大戦に負けた日本が国際社会へ復帰するにあたって、課せられた課題は「民主的平和国家の構築」であった。この課題をはたして日本はクリアしていけるだろうか。アジア諸国の目にはいまだ厳しいものがある。とりわけ韓国との緊張は激化している。そこには、清算されない過去に対する日本政権の歴史認識の問題がある。創氏改名、皇民化教育、内鮮一体、徴兵制度、「軍夫・従軍慰安婦」と並んで、「朝鮮人BC級戦犯」も忘れてはならない問題である。
 日本人にとって耳なれない「朝鮮人BC級戦犯」とは何だろうか。日本の陸軍省は、南方戦線において植民地宗主国であった米英豪蘭の俘虜を収容所で管理するために、朝鮮人軍属傭人を投入した。俘虜監視員となった彼等は、俘虜たちに労務の指示をする立場にあったため、「虐待する日本軍」そのものと映り、戦後の連合国裁判で訴追された。
 シンポジウムで証言に立つ李(イ)鶴来(ハンネ)さんは、「死の鉄道」と言われた泰緬鉄道建設のヒントク、カンニュー間において、最も困難な箇所と言われた高さ80mに及ぶ岩山を削りとる現場の管理を行った。4月から半年にも及ぶ雨期があり、医師は一人もおらず、薬品もなく、食糧不足による極度の栄養失調とコレラやマラリアが蔓延し、俘虜とアジア人労働者に大量の死者を出した。そのさまは「杭木一本人一人」と言われるほどであった。東京裁判判決文によると、捕虜13万2134人のうち死者は3万5756人となり、死亡率はおよそ27%に達したという。
 戦後、連合国裁判においてとりわけ厳しく問われたのが「俘虜への虐待」であった。朝鮮人BC級戦犯となった148名のうち俘虜監視員は129人を占め、そのうち23名は死刑となった。
「ヒロムラ・カクライ(日本名)は「ヒントクのキャンプコマンダーであった」「部下の虐待を止められなかった」「患者の俘虜を就労させた」という3点で起訴され、シンガポールのオーストラリア法廷で死刑判決を受けた。
 李さんは、17歳の時に朝鮮人として植民地から徴用され、戦後裁判では日本人として扱われた。連合国米、英、豪、蘭はともに植民地宗主国であり、植民地朝鮮、台湾を審議から除外していた。そして、1952年にサンフランシスコ講和条約が発効すると、朝鮮人は「第三国人」として日本国籍を「喪失」し、戦後日本政府の全ての国家補償から締め出された。帝国の戦争と植民地支配の不条理を、朝鮮人BC級戦犯は一身に背負っている。
 現在存命の朝鮮人BC級戦犯はわずか5人であり、李鶴来さんも今年で89歳になった。「歴史」から目を逸らしたまま、アジアの近隣諸国との21世紀の友好な関係は築き得ないであろう。日本のアジア太平洋戦争下で行われた欧米人俘虜収容所の日常がいかなるものであったか。また、日本の植民地政策と戦後処理の入り組んだ実相はどうであったのか。李鶴来さんは、1951年から6年間収容された巣鴨刑務所で自問自答を重ね、伊江島闘争に対しては獄中でビラを張り、囚人仲間から集めた支給品の煙草、鉛筆、石鹸等を現地へ送ったこともある。沖縄の地で、証言者李鶴来さんの声に耳を傾けたい。


賛同人参加のお願い

―歴史の転換期に立って、いま私達はいかなる歴史認識を持つべきか― PartⅢ
シンポジウム―アジア太平洋戦争と「元朝鮮人BC級戦犯」―
シンポジウム実行委員長
加藤彰彦
 
 皆さま、日頃より当会の活動にご協力いただき、心から感謝申し上げます。
 当会では、ご好評いただきました「歴史の転換期に立って、いま私達はいかなる歴史認識を持つべきか」 PartⅠ(2007年6月)、PartⅡ(2013年6月)に続き、この度、別紙のようにPartⅢ「-シンポジウム―アジア太平洋戦争と「朝鮮人BC級戦犯」―」を開催する運びとなりました。
 今回は、シンポジウムの発言者として元死刑囚朝鮮人BC級戦犯の李(イ)鶴来(ハンネ)さんをお招きしております。戦時中に泰緬鉄道建設の現場監視者を務めていた李鶴来さんは、もはや5人を残すのみとなった朝鮮人BC級戦犯生存者のなかでも、自らの言葉で語ることのできる唯一の人であり、沖縄で自らの体験を語るのは初めてのことです。おそらく沖縄では、朝鮮人BC級戦犯当事者との文字通り一期一会の最後のチャンスになるとと思われます。
 当会が企画してきました「シンポジウム―歴史の転換期に立って、いま私達はいかなる歴史認識を持つべきか―」では、partⅠ「強制連行軍夫・姜任昌」、partⅡ「従軍慰安婦・李守山」と戦争の生証人の言葉を聞き、歴史と向き合う作業を進めてきました。今回はその総集編partⅢとして、アジア太平洋戦争の谷間に未精算のまま残されてきた朝鮮人BC級戦犯問題を採り上げますが、これは沖縄戦を照射するもう一つの回路に通じるだけでなく、彼等の復権と補償問題は沖縄でこそリアルに取り上げることができると考えました。
 本シンポジウムはこの課題に応えるべく企画されました。
 この趣旨にご理解いただき、御賛同人にご署名くださいますようお願い申し上げます。




 ―歴史の転換期に立って、いま私達はいかなる歴史認識を持つべきか― PartⅢ
 シンポジウム―アジア太平洋戦争と「元朝鮮人BC級戦犯」―
            
実行委員長 加藤彰彦 
共同代表 安里英子
桜井国俊
朴 英玉
李 鶴来

安里英子    恨之碑の会理事長 沖縄大学非常勤講師
安仁屋眞昭   王府おもろ15代伝承 那覇市文化協会王朝礼楽部会会長
池宮城紀夫   弁護士
石垣盛康    沖縄県農業会議経営構造コンダクター
糸数慶子    沖縄県 参議院議員
上野昴志    映画・中国文学評論家 ジャーナリスト学院校長
大田朝章    弁護士 大田朝章法律事務所
加藤彰彦    沖縄大学名誉教授 前学長 子供学
金高 望    弁護士 のぞみ法律事務所
川村 湊    文芸評論家 法政大学教授
清川紘二    日中近現代史 法政大学沖縄文化研究所
古関彰一    独協大学名誉教授 日本国憲法史
朴 英玉    在日本大韓民国民団沖縄県地方本部 団長


島袋正治    沖縄大学 前同窓会長
平良 修    恨之碑の会理事 元沖縄キリスト教短期大学学長
玉木病院    玉木一兵
赤坂恵美子 「茶通」日本料理研究家
照屋寛徳    沖縄県 衆議院議員 
照屋寛之    沖縄国際大学教授 行政学
仲地 博    沖縄大学学長 行政学
仲山忠克    弁護士 ゆい法律事務所
山城一純    やましろ皮膚科 院長
三宅俊司    三宅俊司法律事務所
屋良綾乃 ライブハウス「寓話」 ジャズ研究家

主催 おきなわ日韓「政経・文化」フォーラム
共催 在日大韓民国民団沖縄地方本部
同進会 恨之碑の会
後援 沖縄タイムス社 琉球新報社  

元朝鮮人BC級戦犯者問題 関連作品上映会
スケジュール

見る機会のなかなかない作品を一挙上映します。入れ替えなし。休憩時間も多くはとりませんので、いつ入場・退場いただいても構いません。

7月17日(木)会場:沖縄大学ミニシアター

13:00~13:05 主催者挨拶

① 13:05~15:00「私は貝になりたい」(1959年 113分 東宝・監督 岡本愛彦 脚本 橋本忍) 
テレビドラマの金字塔といわれる作品。巣鴨プリズンの戦犯たちが書いた手記集をもとに橋本忍が脚本を書いている。BC級戦犯の存在をはじめて広く世に知らせしめた作品である。この作品には朝鮮人戦犯は登場しない。
② 15:10~16:00 「ある告白 24年目の戦犯」(民放 1969年50分、岡本愛彦ディレクター)
『わたしは貝になりたい』の演出をした岡本愛彦氏の作品。プロデゥサーは牛山純一。『貝』で朝鮮人戦犯について全くふれなかった岡本監督が、自戒の念を込めて朝鮮人戦犯の集まりである同進会のメンバーを取材。朝鮮人BC級戦犯問題をはじめて多くの人に知らしめた作品。力のこもったナレーションが今では新鮮に響く。
③ 16:10~16:30 「忘れられた皇軍」(1963年8月16日放送、20分、大島渚演出、小松方正ナレーション)
平和条約国籍離脱者であるから軍人恩給が得られない元朝鮮人日本兵の傷痍軍人たち(彼らは街頭募金で生計を立てている)にスポットを当て、太平洋戦争犠牲者に対するヒューマニズムの復活を訴えた作品。「日本人よ、これでいいのだろうか」というメッセージによって締めくくられる。記念すべき第1回ギャラクシー賞受賞作。

7月18日(金)会場:沖縄大学ミニシアター

13:00~13:05 主催者挨拶

① 13:05~14:05 「チョウ・ムンサンの遺書」(NHK 1991年60分、桜井均ディレクター)
チャンギー刑務所で処刑されたチョウ・ムンサンの遺書を手掛かりに朝鮮人戦犯の問題を追いかけたドキュメンタリー。NHKが本格的に朝鮮人BC級戦犯の問題に取り組んだ第一作目。『世紀の遺書』に収録されている遺書の中からチョウ・ムンサンに焦点を合わせるなかでこの問題を浮き彫りしていく。
② 14:15~15:45 「韓国・朝鮮人BC級戦犯の悲劇」(NHK 2008年 教育 90分)
 日本の巣鴨プリズンだけでなく、韓国に帰国した元戦犯たちの姿も追った作品。帰国者を訪ねて歩く李鶴来さん、一人は自殺していた。もう一人の元戦犯は自分の過去を家族にも語っていなかった。語り出すうちに、突然、「君が代」をうたい出す――。

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Author:同進会を応援する会
韓国・朝鮮人元BC級戦犯の蒙った被害について理解を深め、韓国・朝鮮人元BC級戦犯者「同進会」の運動を応援することを目的として発足したグループです。
詳しい情報は「応援する会」のウェブサイト
http://kbcq.web.fc2.com/
をご覧ください

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